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ニューダイヤモンド -機能性炭素材料の魅力- 科学技術創成研究院 教授 大竹尚登

1.はじめに

 この展示の主役である炭素は,様々な顔をもちます。全ての生物は炭素なしには存在しませんし,炭もその名のとおり炭素が主成分です。地球温暖化の元凶と言われる二酸化炭素も炭素と酸素で構成されています。そして炭素は,科学技術と産業の視点からみると,とても魅力的な材料でもあるのです。薄膜としての炭素材料の分類を図1に示します。

図1 膜としての炭素の分類¹⁾。74種類のアモルファス炭素膜がダイヤモンド-グラファイト-水素の三元図上にプロットされており, 丸の大きさはナノインデンテーション硬さを表している。

図の上の頂点は,炭素が四面体のような構造で結合(sp³混成軌道により結合)していることを示し,ダイヤモンドはこの頂点に位置します。また,左下の頂点は,炭素が六角形のように六員環の連なった構造で結合(sp²混成軌道により結合)している物質であり,グラファイトがこの頂点に位置します。カーボンナノチューブ,フラーレン,グラフェン(C60)もグラファイトと同じ場所に位置します。もうひとつ右下の頂点は,特に炭素を薄膜にしたときに入り込みやすい水素です。ダイヤモンドとグラファイトの頂点以外の部分はアモルファス炭素膜で,後で述べるように,ta-C,a-C,ta-C:H,a-C:Hの部分はダイヤモンド状炭素膜(Diamond-like Carbon: DLC)と呼ばれます。図2に示すように,DLCはダイヤモンドと炭の中間の材料なので,硬く滑りやすいのが特徴です。実際,図1中の丸の大きさはナノインデンテーション硬さに相当していて,ダイヤモンドが約100GPaなのに対して,DLCでは9~70 GPaの硬さです。

図2 DLCのイメージ図

2.ダイヤモンドの合成と応用

 ダイヤモンドは,透明で屈折率が大きいので,宝石として多くの人の目を楽しませてきました。ダイヤモンドの魅力はそれだけではありません。地球上で最も硬いこと,熱伝導率がとても高いこと,禁制帯幅の大きい半導体の特性を示すことから,工具やヒートシンクとして用いられ,さらにパワートランジスタやセンサへの応用が期待されています。昔は天然ダイヤモンドしかありませんでしたが,1955年頃に大きなプレスを使った高温高圧下でのダイヤモンド合成がなされ,さらに日本の無機材質研究所(現在の物質・材料研究機構)の研究でメタンなどの炭化水素ガスからダイヤモンドを作ることが出来るようになりました²⁾。1982年のことです。ガスからダイヤモンド作れるようになったことで,微量の不純物を導入することが容易になり,半導体のダイヤモンドを作ることも可能になったのです。
 本展示では,NVセンタを含むブリリアンカットしたピンクダイヤモンドとそれを利用したセンサモジュール,宝石級の気相合成単結晶ダイヤモンド,世界で初めて合成に成功したn型ダイヤモンド,電極に利用する2インチサイズのp型多結晶ダイヤモンド,そしてダイヤモンド切削工具をご紹介します。
 NVセンタを含むダイヤモンドとそれを利用したセンサ(展示1)は,ダイヤモンドの応用として最新のものです。ダイヤモンドに含まれる窒素と空孔の対が電子を1つ取り込むことでマイナスの電荷を帯びたNVセンタとなり,これをセンサとして利用することができます³⁾。このセンサにより,磁場,電場,温度,圧力を高感度で測定することができます。今回の展示では,センサに用いられる5 mm角の単結晶ダイヤモンド薄板4個,ダイヤモンドが実際に導入されるセンサヘッド(導入されるダイヤモンドは2 mm角です)(展示1-B),電気自動車のジャンクションボックスで電流を精密に測定することで,バッテリーの適正な充放電を実現し有効利用するしくみを紹介します。さらに,NVセンタを有しないダイヤモンド(黄色)とNVセンタを有するピンク色のダイヤモンドが展示されています(図3(a))(展示1-C)。緑色の光をあてると,赤色の蛍光を発するところが見られます(東京科学大学波多野睦子教授提供)(図3(b))。

図3(a)NVセンタを含むピンク色の合成ダイヤモンド
(b)緑色レーザ照射により赤色蛍光発光しているNVセンタを含むダイヤモンド

 宝石級の気相合成単結晶ダイヤモンド(展示2-A,B)は,マイクロ波プラズマ化学気相成長(CVD)法で作製されたダイヤモンド(展示2-A)と,それを加工してつくった宝石ダイヤモンド(展示2-B)です。図4左で板のように見えているのは,種結晶のダイヤモンドを,結晶の向きを揃えて16枚配置した上に(これはモザイクダイヤモンドと呼ばれます),ダイヤモンドをメタンなどの炭化水素ガスを原料として合成した28 mm角の単結晶ダイヤモンドです。周囲には,多結晶のダイヤモンドが析出しています。さらにダイヤモンドを成長させていき,厚くて大きい単結晶をつくって,その後レーザ切断や研磨工程を経てつくりだされたのが図4右の宝石ダイヤモンドです。重さは1.71ctあります。これはキュービックジルコニアなどの模造ダイヤとは異なり,ガスからつくられた「本当の」ダイヤモンドです。ダイヤモンド合成の動画(早送りしています)を掲載します(コーンズテクノロジー株式会社提供)。高温で赤く見えるのが成長してるダイヤモンド,上部の火の玉のように見えるのがプラズマです。

図4 マイクロ波プラズマCVD法で合成された大型ダイヤモンドと宝石ダイヤモンド

動画:ダイヤモンド合成の様子
※この画面上で再生できない場合は、右上のポップアウトをクリックしてご覧ください。

 前章で述べたように,ダイヤモンドはワイドバンドギャップ半導体です。従って,p型とn型のダイヤモンドが出来れば,優れた半導体デバイスになることが,ダイヤモンドの気相成長の成功当初から期待されていました。しかし,n型ダイヤモンドの合成は容易でなく,15年が経過しました。天然ダイヤモンドにホウ素をドープされたダイヤモンド(例えばホープダイヤ)があるのに,n型が見つかっていないことからも,困難が予想されました。それを打開したのがPH3をドーパントとしてマイクロ波プラズマCVD法で単結晶ダイヤモンド上に作製されたn型ダイヤモンドです⁴⁾。展示3のn型ダイヤモンド層の表面には電極が取り付けられています(物質・材料研究機構の小泉聡博士提供)(図5)。このn型ダイヤモンドとp型タイヤモンドとの接合も実現しています。
 p型のダイヤモンドはホウ素をドーピングすることで比較的容易に得られます。現在では大面積のp型ダイヤモンドが電極として注目されています。水の中で電位窓が広く,バックグラウンド電流の小さいことが理由で,残留塩素,ヒ素の高感度測定やグルコースの選択的検出が出来ます。生体内で薬物をリアルタイムで計測する試みもなされています⁵⁾。展示4はホウ素ドープされた2インチのp型多結晶ダイヤモンドで,基板はシリコンです(慶応義塾大学の栄長泰明教授提供)(図6)。

図5 世界で初めて合成に成功したn型ダイヤモンド
図6 p型ダイヤモンド電極の外観と表面の電子顕微鏡写真

 ダイヤモンドの現在の主な利用先は加工工具です。砥石とともによく用いられるものに,切削工具があります。これは,金属製の治具にダイヤモンドを固定したもので,工具または被削物を回転させながら切削工具を押し込むことで,表面を削ることができます。天然ダイヤモンドなどの単結晶ダイヤモンドが切削工具として用いられるのは,主にアルミニウムや銅の表面をきれいに仕上げたい場合で,ダイヤモンドで切削することで100mmの円板表面の凹凸を0.01μm(地球を平らな球とすると,子供の背丈程度の凹凸に相当する)以下の鏡面に仕上げることができます。展示5は,焼結ダイヤモンドのブレードが7枚,単結晶ダイヤモンドブレード(ワイパーブレード)が1枚取り付けられたダイヤモンドカッターです(図7)。焼結ダイヤモンドブレードと単結晶ダイヤモンドワイパーブレードは,別に展示されています(住友電工ハードメタル株式会社提供)。焼結ダイヤモンドは,1 μmより小さいダイヤモンド粒で構成されているのが特徴で,単結晶ダイヤモンドワイパーブレードで表面を仕上げ,鏡面を作り出しています。

図7 ダイヤモンドカッター(アルミニウム合金加工用高能率カッタ ANX型)(左)とそのブレード(中:超微粒ダイヤモンド焼結体、右:CVD単結晶ダイヤモンド)

3.炭素系二次元材料

 炭素が六角形のように連なった六員環構造で結合(sp²混成軌道により結合)している物質に,黒鉛があります。

図8 二次元材料(東京科学大学平田祐樹助教作成)

この黒鉛を原子層1枚から数枚のシートにしたのが二次元物質のグラフェンです(図8)。グラフェンの六員環の一部を五員環にしてボール状にするとフラーレン(C60)になり,グラフェンのシートを紙のように丸めて円筒状にした後で両端にC60の半球を付けるとカーボンナノチューブになります(図9)。

図9 カーボンナノチューブ

これらの材料は二次元平面方向にとても良く電気を流し,機械的特性も高いので,導電性シート,半導体,複合材料のフィラーなどとして期待されています。展示6は,A4サイズのPETフィルムにグラフェンをコーティングしたものです(産業技術総合研究所の山田貴壽博士提供)(図10)。余りに綺麗にコーティングされているので何も無いように見えますが,一面にグラフェンが堆積していて,導電性を有します。

図10 グラフェンでコーティングされたPETフィルム

 さて,グラフェンに注目して,2つの炭素を周期表上で炭素の左側のホウ素と右側の窒素に置き換えると,h-BN(六方晶窒化ホウ素)ができます(図8)。このh-BNも高い絶縁性,発光性,プロトン伝導などの特徴を有する機能性材料です。また,グラフェン作製の基板としての有用性も高いです⁶⁾。2022年のノーベル物理学賞候補になった単結晶h-BNを展示7で紹介します(物質・材料研究機構の谷口尚博士提供)。表面は平坦で何も見えませんが,図11に示すようにこのhBNにグラフェンを乗せて電極をとることで,グラフェンのエレクトロニクス応用の研究が発展しています。

図11 白い破線内に単層グラフェンを堆積させ,電極を設置したh-BN基板の原子間力顕微鏡写真。スケールバーは2ミクロン⁷⁾。

4.ダイヤモンド状炭素(DLC)

 ダイヤモンドと黒鉛の中間の硬質なアモルファス炭素材料は,ダイヤモンド状炭素(Diamond-Like Carbon: DLC)と呼ばれます。DLC中のダイヤモンド結合の成分は20~90%と幅広く,さらに水素を0-50%含みます。DLCは高硬さ,高耐摩耗性,低摩擦係数などの特徴を有し,表面が平坦で200℃程度の低温で合成できることから,工具をはじめ,ガスバリヤ性を利用したペットボトル,生体親和性を利用した医療器具まで様々な応用が進んでいます。平成の間に国内約50億円の市場になったのは自動車部品へのDLCコーティングで,摩擦損失を低減させることでカーボンニュートラルに貢献しています。
アモルファス炭素膜は,以下の7種類に分類されています(図1参照)。
・Hydrogen-free amorphous carbon film: sp²のCC結合(炭素と炭素の結合)が50%以上の水素フリーアモルファス炭素膜(DLC膜)。a-Cと記述する。
・Tetrahedral hydrogen-free amorphous carbon film: sp³のCC結合が50%以上の水素フリーアモルファス炭素膜(DLC膜)。ta-Cと記述する。
・Metal-containing hydrogen-free amorphous carbon film:金属元素を含みsp²のCC結合が50%以上の水素フリーアモルファス炭素膜(DLC膜)。a-C:Meと記述する。Meには例えばTi,Wなどの金属元素の記号が入るが,Meのままでも可。
・Hydrogenated amorphous carbon film:sp²のCC結合が50%以上の水素化アモルファス炭素膜(DLC膜)。a-C:Hと記述する。
・Tetrahedral hydrogenated amorphous carbon film:sp³のCC結合が50%以上の水素化アモルファス炭素膜(DLC膜)。ta-C:Hと記述する。
・Metal-containing hydrogenated amorphous carbon film:金属元素を含むsp²のCC結合が50%以上の水素化アモルファス炭素膜(DLC膜)。a-C:H:Meと記述する。Meには例えばTi,Wなどの金属元素の記号が入るが,Meのままでも可。
・Modified hydrogenated amorphous carbon film:非金属元素を含むsp²のCC結合が50%以上の水素化アモルファス炭素膜(DLC膜)。a-C:H:[X] ,X: 元素記号 と記述する。a-C:H:Fのように,元素の種類を明記する必要がある。

本展示では,DLCコーティングを利用した製品として,YAMAHA YZFーR1の動弁系と単気筒スクーター系155ccエンジンのカットモデルを展示しています(展示89:ヤマハ発動機株式会社提供)(図12)。

図12 DLCコーティングを利用した動弁系とエンジンのカットモデル

動弁系の黒く見えるフィンガーロッカーアーム部分がDLCをコーティングした部位で,摩擦係数を低減するとともに,耐摩耗性を向上させています。部品単体も展示されています(展示8-B)。また,エンジンのカットモデルのピストンリングはDLCでコーティングされています。これもリングの単体が展示されています(展示9-B)。黎明期は,Formular1のエンジンのみに使用されていたDLCですが,今では乗用車に搭載されているほとんどのエンジンに用いられるようになりました。さらにクラッチ板やポンプ,ディーゼル車の燃料噴射バルブにもDLCコーティングが用いられています。また,乗用車が電動化されると,駆動系の損失低減がより重要になるので,歯車などへのDLCコーティングを実用化する検討が特に欧州で進んでいます。
 展示10はアルミニウム合金切削用の大径エンドミルです(三菱マテリアル株式会社提供)(図13)。超硬合金の基材にta-Cがコーティングされています。刃先はカッターより鋭く,場所による膜厚の違いにより七色に輝く美しい工具です。DLCコーティングにより耐溶着性が向上し,高能率な加工を行うことが出来ます。

図13 DLCコーティングされたアルミニウム合金切削用大径エンドミル

展示11は,セグメント構造⁸⁾を採用したDLCコーティングの理美容用のはさみです(株式会社iMott提供)。表面の拡大写真を図14に示します。この構造を採用することで,切れ味を持続させるとともに髪が逃げない独自の切れ感を実現しています。

図14 セグメント構造DLCコーティングを施した理美容用鋏と刃先の拡大写真。セグメント1つのサイズは220μm角。

展示12もDLCコーティングした各種工具です(ナノテック株式会社提供)(図15)。ニッパとピンセットは医療用のものです。これは,DLCが高い生体親和性を有し,また抗血栓性があって血が付着しにくいことを利用しています。また,アルミニウム合金板の打抜き用パンチとダイスも紹介しています。アルミの加工においても,工具表面に凝着が生じないことが特徴です。

図15 DLCコーティング工具の例:ニッパ,ピンセット,アルミ加工用パンチ・ダイス

5.おわりに

 機能性を有する炭素系材料を,私たちは「ニューダイヤモンド」と呼んでいます。是非展示をご覧いただき,ニューダイヤモンドの魅力を感じていただけたら幸いです。

参考文献

¹⁾ N. Ohtake, M. Hiratsuka, K. Kanda, H. Akasaka, M. Tsujioka, K. Hirakuri, A. Hirata, T. Ohana, H. Inaba, M. Kano and Hidetoshi Saitoh: Materials, 14 (2021) 315.
²⁾ S. Matsumoto, Y. Sato, M. Tsutsumi, N. Setaka: J. Mater. Sci., 17 (1982) 3106.
³⁾ A. Kuwahata, T. Kitaizumi, K. Saichi, T. Sato, R. Igarashi, T. Ohshima, Y. Masuyama, T. Iwasaki, M. Hatano, F. Jelezko, M. Kusakabe, T. Yatsui, M. Sekino: Sci. Reports, 10 (2020) 2483.
⁴⁾ S. Koizumi, M. Kamo, Y. Sato, H. Ozaki, T. Inuzuka: Appl. Phys. Lett., 71 (1997) 1065.
⁵⁾ G. Ogata, Y. Ishii, K. Asai, Y. Sano, F. Nin, T. Yoshida, T. Higuchi, S. Sawamura, T. Ota, K. Hori, K. Maeda, S. Komune, K. Doi, M. Takai, I. Findlay, H. Kusuhara, Y. Einaga, H. Hibino: Nature Biomed. Eng., 1 (2017) 654.
⁶⁾ S. Bae, H. Kim, Y. Lee, X. Xu, J.-S. Park, Y. Zheng, J. Balakrishnan, T. Lei, H. R. Kim, Y. I. Song, Y.-J. Kim, K. S. Kim, B. Ozyilmaz, J.-H. Ahn, B. H. Hong, S. Iijima: Nature Nanotechnol., 5 (2010) 574.
⁷⁾ C. R. Dean, A. F. Young, I. Meric, C. Lee, L. Wang, S. Sorgenfrei, K. Watanabe, T. Taniguchi, P. Kim, K. L. Shepard, J. Hone: Nature Nanotechnol., 5 (2010) 722.
⁸⁾ Y. Aoki, N. Ohtake: Tribology Int., 37 (2004) 941.

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